コラム

ポンノウシテラス・和田徳子さん、野付半島ネイチャーセンター・坂口つくしさん。野付半島に根を下ろした2人に聞く「この場所の魅力」

「その土地の魅力」というのは、いろいろな視点から見つけることができます。

たとえば、旅人が外からの新鮮な視点で見つける魅力もあれば、そこに長い間滞在することで感じることのできる魅力もある。そしてそれらと出合ったとき、より一層その土地のことを好きになれる気がするのです。

今回訪れたのは、根室海峡にちょこんと突き出した野付半島。左右を海に囲まれた全長約28㎞の砂嘴であり、四季を通してさまざまな野鳥に出会える「渡り鳥の宝庫」として、日本国内外からたくさんの人が訪れる場所です。

話を聞いたのは、ここで訪れた人を迎える立場に立つ2人の女性。彼女たちの取材を通して、 “その土地で日々を過ごすからこそ”感じる野付半島の魅力を見つめていきたいと思います。

1人目:ポンノウシテラス・和田徳子さん

1人目は、和田徳子さん。標津町内から野付半島に入り、3㎞ほど車を走らせた地域で、民泊「ポンノウシテラス」を営んでいます。

店名にもある「ポンノウシ」は、アイヌ語で「小さな木の実のなるところ」。「何だかファンシーで、気になっちゃうでしょう」。ふふっとお茶目に笑いながら、これまでのことを話してくれました。

和田さんが描いたという野付半島の画。ポンノウシテラスが建つのは野付半島の付け根あたりです。

観光の拠点としてたくさんの人が訪れた場所で

以前は標津町の中心地近くに住んでいたという和田さん。この場所へはドライブでよく通りかかっていたのだそうです。当時、ここに建っていたのは、かつて「民宿・ドライブインのっけ」としてたくさんの人が訪れた三角屋根の建物。

「野付は、鳥を見るために世界中から人が来る場所。でも、ネイチャーセンターに着くまでトイレがなかったんです」。この場所にトイレ休憩をしたり、温かい飲み物が飲める場所を作りたいと考えた和田さんは、友人の実家だったこの空き家を引継ぎ、2019年にカフェ「ポンノウシテラス」をオープンさせます。

ところが翌年、新型コロナウィルスが流行。和田さんはカフェをしばらく閉め、これを機に2階部分を住居スペースとして改装することに。民泊を思いついたのは、ちょうどそんな時でした。

「カフェに通ってくれるフランス人の常連さんがいて。毎年千葉から野鳥観察に来ている方だったんですけど、あるとき、『ここに泊まりたい』って言いだして。そこで『ここで民泊できたらどう?』って聞いてみたら、『良いね!最高だね』って言ってくれたんです」。

さらに、こんなこともあった、と和田さんは振り返ります。

「カフェを開いていた時に、ドライブインや民宿時代に泊まった方がこの場所を訪ねて来てくれたことがあって。懐かしんでいる様子を見ていたら、ここは自分たちのものではなくて、誰かの大切な旅の思い出の一部なんだと思ったんです」。

人が集まる場所を作っていくことは、こうした「かつてのお客さん」の思いも大切にすることになるのかもしれない。そんな風に考えた記憶がふと蘇り、和田さんの背中をそっと押したのでした。

こうして、住居の改装にあわせて、2階の一部分を民泊スペースに。2022年の夏に民泊をスタートさせました。

ポンノウシテラス外観。1階部分がカフェ、2階部分が民泊スペースになっています。

出会った人に教わる楽しさがあふれる場所

「野付の魅力は?」との問いに、「自分のわかっていないことがまだまだ多くて」と和田さん。昔ポンノウシに牛の市場があったこと。中標津の牛飼いたちが野付半島に牛を放牧しに歩いて来ていたこと。そして、今のシーズンに出会える野鳥のこと。自然のことから地元の年長者の昔話まで。「ここ(ポンノウシテラス)を通じて出会った人に教わる楽しさがあります」。

ポンノウシテラス敷地内からの眺め、奥の方にはうっすら知床連山が…!別方向には国後島が望めます。

人と話すことが大好きな和田さんにとって、知らないことやわからないことがたくさんあり、その道のプロが集まる野付半島は、「掘れば掘るほど」面白い場所。「私の知識は、周りの人からの受け売りなの」と冗談めかして笑います。

しばらくの間お休みしていたカフェの営業も再開に向けて少しずつ動いている様子。店が開いたらフラッと立ち話をしに、ポンノウシテラスの扉を叩いてみるのはいかがでしょうか。お話好きな和田さんのこと。いろいろなことを教えてくれたり、誰かを紹介してくれるかもしれません。きっと素敵な出会いが待っているはずです。

遊びに行きたくなったら

民泊は1~2人用の部屋が2部屋。個人客向けのため、「大きく宣伝することなく、細々と続けていけたら」と和田さん。宿泊希望の方は、直接和田さんまで。カフェも予約が入った際には営業を行っています。下記InstagramのDMまたはお電話にてご連絡ください。

―information―
住所 標津町茶志骨169
電話番号 090-1640-7009
定休日 不定休
Instagram @design_notsuke

2人目:野付半島ネイチャーセンター・坂口つくしさん

2人目は坂口つくしさん。ポンノウシテラスよりもさらに東へと進んだ先にある野付半島ネイチャーセンターで、スタッフとして働いています。

挨拶もそこそこに、まずはネイチャーセンターで行われる冬限定のツアー「飛び出せ 鳥っこコース」へ。坂口さんの案内で、「ユキホオジロ」という野鳥を探しに行くことにしました。

取材の前に「鳥っこコース」を体験。ユキホオジロに会いに行く

「鳥っこコース」は、12~3月に行われる、車に乗りながら冬鳥を探す個人~小グループ向けツアーです。早速センターを出発し、野付半島の先端へ向かうことに。お目当てのユキホオジロは、毎年冬に北極からやって来る冬鳥。その愛くるしい姿をひと目見たいと訪れる人が後を絶たない人気の鳥です。

ユキホオジロ。頬の模様はまるでお化粧をしているかのよう。(写真提供/野付半島ネイチャーセンター)

とはいえ、坂口さん曰く、今年野付半島に来ているユキホオジロはわずか40羽ほどだそう。彼らは群れになって半島を移動することが多く、そう考えると出会える確率はほんのわずかです。

「会えると良いですね~」と坂口さん。ゆっくりと車を進めつつ、ユキホオジロが好みそうな草地を見つけては、目を凝らしてその姿を探します。

「小さいので地面にとまっている時はわかりづらいんですけど、飛び立つとパラパラッと黒い影が見えるんです」。そんな話をしていた矢先、「あ、あれそうかも」と言う坂口さんの指す方向を見ると…

いました。ユキホオジロ。小さくて真っ白な小鳥が数十m先に。「ピリピリピリ」と鳴きながら地面をしきりについばんでいました。

(写真提供/野付半島ネイチャーセンター)

天気が味方をしてくれたのか、この日は風も弱く、空も青々と晴れていて、バードウオッチング日和。坂口さんが用意してくれたスコープを覗いたり、鳥図鑑と見比べながらじっくりとユキホオジロを観察することができました。

「飛び出せ 鳥っこコース」は、毎年12~3月頃の催行を予定しています。詳細は下記URLをご覧ください▼
http://notsuke.jp/winter%e3%80%80tours

子どもの頃から好きだった絵を描くこと。野付半島で始めたガイドという仕事

ユキホオジロとの対面を存分に楽しんだ帰りの車の中、坂口さんが話し始めました。「野付半島は、『ここに行けば、必ずお目当ての鳥を見ることができる』というポイントがない。そういうところが良い意味で観光地っぽくなくて、私は好きです」。

2022年1月に野付半島ネイチャーセンターにやって来たばかりだと言う坂口さん。現在はネイチャーガイドを務める傍ら、センターの展示物や広報誌の制作を担当しています。昔から自然や野生動物に慣れ親しんできたのかと思いきや、「人生の中で一番時間を割いているのは『絵を描くこと』ですね」と笑います。

美術系の学校に進み、卒業後は別の地域のビジターセンターに就職。以降、動物について少しずつ知識を蓄えていった坂口さんでしたが、ガイドという「人に伝えること」を本格的に行うようになったのは、野付半島に来てからだと言います。

こうして、伝える立場になった経験は、「描くこと」にも少なからず影響を与えている様子。「色合いや見せ方というか。リアルに描けば良いというわけでもなく、可愛らしく描けば良いわけでもなく。伝えたいことをいかにわかりやすく描くかを意識するようになりました」。


これからやっていきたいのは、センター内の展示を少しずつ更新していくこと。「鳥のことをよく知らない人にも、知っている人にも『いいね』と思ってもらえるような、誰にでも伝わりやすい展示を作りたいです」。ほかにも「ユキホオジロのオリジナルグッズがあったら良いですよね。作ろうかな」と声を弾ませます。

坂口さんが描いたユキホオジロ。リアルに描かれていて、その愛くるしさまでも伝わってくるようです。(写真提供/野付半島ネイチャーセンター)

本業のガイドに加え、自身の得意分野を活かして活動する坂口さん。彼女が生み出す作品の数々はセンターに新しい風を吹かせています。

野付半島は「飽きることがない」場所

根室、別海、中標津、知床…と、子どもの頃から道東各地を点々と移り住んできたという坂口さんでしたが、その中でも「野付半島は特別」と話します。

「ここは地盤沈下で1年に1.5㎝ずつ沈んでいる場所。約100年後には陸地部分がほとんどなくなってしまう、とも言われています。それでも、冬になったらユキホオジロは来るし、夏になったら植物が青々として、たくさんの鳥たちがやって来る。そういうところが良いなと私は思っています」。

「いつかはなくなってしまう」という切ない雰囲気を漂わせながらも、その一方で自然のサイクルはきっちりと回っている。

少し神秘的でありながら、同時に自然の力強さも感じられる場所。それが坂口さんの心を掴んで離さない理由なのでしょう。

季節の流れ、時間の流れと共に刻々と変化し続ける野付半島。「飽きることがない場所」。そう言い表した坂口さんの言葉がしっくりときました。

―information―
住所 別海町野付63
電話番号 0153-82-1270
開館時間 9:00~17:00(4月~9月)、 9:00~16:00(10月~3月)
休館日 12/30~1/5

あとがき

坂口さんと話していたら、野付半島の四季を追ってみたいという気持ちになりました。今回訪れたのは冬。どこまでも続く真っ白な雪景色はどこか寂しげで、まるで異世界に来てしまったかのよう。

そんな大地もこれから春を迎えれば、緑の季節に向けてどんどんカラフルに色付いていくことでしょう。

ここに暮らす人だからこそ感じる、この土地の魅力。2人の話を聞いたことで、野付半島を新たな視点から見つめることができました。またひとつ、野付半島のことが大好きになった今回。おふたりとも楽しい時間をありがとうございました。

撮影:野付半島ネイチャーセンター:﨑 一馬
ポンノウシテラス:クナウパブリッシング

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北海道の雑誌「northernstyleスロウ」の編集者・ライター。10年ほど前に神奈川県から野生動物と豊かな自然を追い求めて北海道へ。現在は道東を中心に、素敵な人やものとの出会いを求めて駆け回る日々を過ごす。好きなものは、焼き芋とあんかけ焼きそば、山の景色。道内の山を一緒に登ってくれる山仲間を募集中。

カメラマン | | 他の記事

1996年大阪府生まれ。学生時代に「クルマと風景」をテーマとした写真を撮り始めたことをきっかけに2021年よりカメラマンとして独立。北海道釧路市に拠点を置きながら道東エリアを中心に活動しています。商業写真、広告用写真等の撮影に加え、「スタジオのない写真室」と題した家族・記念写真のロケーション撮影も行っております。

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心があったまる人・店・景色に出会える北海道のウェブメディア。パン屋やカフェ、ギャラリーなど、とっておきの寄り道情報をおすそ分け。毎月1冊、ひとつのテーマを掘り下げる縦型マガジンを公開中。最新情報はInstagramから。

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