コラム

知床羅臼の豊かな自然から。羅臼昆布とウニの知られざる謎に迫る

知床半島の東側に位置する、羅臼町。
羅臼と言えば、漁業の町。真っ先に思い浮かぶのは、羅臼昆布やウニなどの高級な海産物です。特に「羅臼昆布」は、ブランドとしてその名前が国内外に知られており、一度は耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。

北海道では、ほかにも真昆布や利尻昆布、日高昆布などが知られています。その中でも羅臼昆布は「昆布の王様」と称されるほど。日本で採れる昆布の約95%が北海道産ですが、羅臼昆布が占めるのはその1~2%なのだそうです。

そんな希少な羅臼昆布ですが、なぜこれほどまでに有名なのか、ほかの昆布と何が違うのか、詳しく知っている人はそう多くはないはず。そこで今回は、羅臼昆布と“羅臼ならでは”のウニについて、掘り下げていきたいと思います。

羅臼昆布ヒレ刈体験に挑戦!

参加したのは、羅臼漁業協同組合が主催する「羅臼昆布ヒレ刈体験」。羅臼昆布の採取から製品になるまでに踏む工程の中のひとつ、「ヒレ刈」を体験しました。

講師役は、現役漁師の井田一昭さん。

井田さんは羅臼生まれ羅臼育ち。中学校1年生のときから昆布をとり始め、この道50年以上の大ベテランです。明るく元気いっぱいで、盛り上げ上手な井田さんの羅臼昆布にまつわるお話は、製品としての薄い板状の昆布しか知らなかった私にとって驚きの連続でした。

知床独自の豊かな環境が生み出す「うまみ」

「ほかの昆布にはないもの」。そう言って井田さんが見せてくれたのは、昆布の表面についた白い粉。これは「マンニット」といううまみ成分のひとつ。一見、塩とそっくりですが、口に入れてみると全く塩辛くなく、それどころか奥深い甘みが広がります。

井田さん曰く、うまみの鍵を握っているのは海近くににそびえる知床の山々。

春、山から流れる栄養豊富な雪解け水が知床の海をミネラルで満たします。ほとんどの昆布が1年ものであるのに対し、2年目に収穫される羅臼昆布。ミネラル豊富な海の中で時間をかけて大きく育った結果、断面が分厚く、うまみ成分「グルタミン酸」を多く含んだ昆布が出来上がるという仕組みです。

収穫から製品化されるまでに踏む工程の数は23

昆布の収穫期は7月の中旬から8月いっぱいまで。その後、昆布の上に重石をのせて熟成させる「あん蒸」や日が落ちてから昆布を外に並べて夜露で湿らせる「湿り入れ」、「天日干し」など、約100日間かけて計23もの工程を踏み、製品化に至ります。

この工程は100年以上前から変わらない伝統的な製法。ちなみに、真昆布の工程は8行程ほど。羅臼昆布の工程が特に多いことがわかります。聞けば、厳密に「23工程を踏まないと、羅臼昆布として出荷できない」と定められているわけではないとのこと。それでも、美しく、かつおいしい高品質な昆布を作るために、長い歴史の中で先人たちが試行錯誤した結果、辿り着いた「23工程」なのだそうです。

途中、ヒレ刈体験前に収穫~製品になるまでの全工程を追った映像を見せてもらいました。その中には、せっかく乾かした昆布を夜露にあてて湿らせたり、きれいに巻いた昆布を伸ばしてしまったりと、「なぜあえて?」と思ってしまうようなシーンも。

それらの工程の一つひとつには理由があり、それらをきっちり確実に踏むからこそ、質の高さが生まれる。それが「昆布の王様」と言われる所以なのでしょう。手間をかけることを厭わず、最高級の羅臼昆布を作るために黙々と作業に臨む姿は、まるで洗練された工芸品を作る職人のようでした。

いざ、ヒレ刈り体験に挑戦

いよいよ製品になる工程の19段階目、「ヒレ刈り」を体験。昆布の外側のひらひらとした「赤葉」と呼ばれる部分を切り落とし、製品として売り出す肉厚な中心部を切り出します。

使うのは、ハサミ。昆布は乾燥しているので切りやすく、後はお手本どおりのかたちに切るだけ、でしたが、これがなかなか難しい。実際の作業では、少し切り過ぎたり、切らなかったりするだけで数千円分価値が下がってしまうことも。そして出来上がったのがこちら。左手に持つのがヒレ刈前、右手がヒレ刈後の昆布です。

うまく切れたように思ったのですが、井田さんには「センスないな~」との言われよう。

切り方がどれだけ下手でも、切り落とした部分も切り出した部分もすべて持ち帰ることができるので、ご安心ください。赤葉は中心部と比べて薄いので、魚を巻くのに最適。「昆布締めも簡単にできるよ」と井田さん。昆布で出汁をとり、好きな野菜や魚を入れ、少しの塩で味つけをした「三平汁」の作り方や昆布締めなど、シンプルで品質の高い素材そのものを生かした漁師飯の作り方を教えてもらいました。

ヒレ刈体験を終えて

昆布はほかの海産物と違い、「収穫して終わり」ではありません。むしろ、とってからが始まり。その後100日もの時間をかけ、美しい工芸品のような製品が出来上がるのです。

今や、羅臼昆布は日本だけでなく、スペインやマレーシアなど海外のレストランからも引っ張りだこの存在。「この味を出せるのは、ここ(羅臼)だけなのさ」と井田さん。「世界中に羅臼昆布を待っている人がいるから作れる。それって幸せなことだよね」と表情を緩ませます。

知床の豊かな自然が織りなす恵みと、受け継がれてきた羅臼昆布製造の技術。誇りを持って羅臼昆布を作る人たち。流氷の季節、羅臼昆布の謎を解明しに訪れた先で出合ったのは、後世に残していくべき自然や技術、思いの数々でした。

取材を終えた今、次に気になっているのが、7月中旬から行われるという昆布漁。青々とした海が広がる夏、井田さんの昆布漁を見に、再び羅臼を訪れたいと思います。

羅臼昆布を食べて育った羅臼のウニ

昆布と言えばウニ。そう聞いて、「そうそう」と、頷ける人はどのくらいいるでしょうか。

「ウニと昆布はセットなの」。そう話すのは、オホーツク海で獲れる海産物を多く扱う「知床羅臼 濱田商店」の佐藤裕行さん。ウニ漁師により水揚げされ、市場に出荷された殻ウニや製品になったウニを競りで仕入れる仲買人です。「ウニ割体験ツアー」でウニ割の指導も行っています。羅臼のウニを扱って25年の佐藤さんに、実はよく知らないウニの生態について、教えてもらいました。

品質の高い羅臼昆布を食べたウニは味が良い

佐藤さんに、ウニの腸の中に入っていたものを見せてもらいました。パラパラとした黒っぽいもの。これはすべてウニの食べた羅臼昆布のカス。

羅臼にいるウニは、天然の「エゾバフンウニ」という種類。北海道沿岸に生息するもう一種「ムラサキウニ」は雑食で何でも食べるのに対し、エゾバフンウニが食べるのは昆布のみ。「羅臼昆布だけを食べて育ったウニは甘みが強く味が良い」と佐藤さんは言います。

羅臼のウニの漁期は極寒の1月から

私たちが食べている「ウニ」は、卵巣や精巣などの生殖巣の部分。その色味や濃さによって、ランク分けがされています。

羅臼のウニの漁期は北海道で最も早く、1月10日頃から6月(その年によって変動する場合もあります)まで。佐藤さん曰く、漁解禁から時を経るにつれ熟して身も大きく育ち、漁期が終わり産卵期になると苦みが出てくるのだそうです。

ウニ漁には流氷も関係する…?

ウニ漁で使用するのは「磯舟」や「笹舟」と呼ばれる1人乗りの細い舟。シケている(強い波が出ている)間は漁に出られないこともしばしば。ところが、流氷がやって来ると、その重みで波が立ちにくく、漁に出れる日が増えるのだそうです。ただ流氷が密集しすぎると逆に舟が出せなくなり、状況によってはひと月に数日しか出漁できないことも。自然相手ゆえの難しさなのです。

「流氷は知床の海に大きな影響を及ぼしていると思うよ。昆布だって、流氷がやってくると、海底が削られて、太い昆布が生えやすくなる。昆布の生育に流氷が関係しているとも言われているんだ」。

羅臼昆布を食べ、栄養豊富な知床の海で育ったウニも、まさにこの土地だからこそ生み出される名産。そんな「羅臼のウニ」について目を向けた今回。同じ種でもその土地ならではのおいしさや食べごろがある。これを知れたのは、実際にその土地で働く漁業者の方に話を聞けたからこそ。取材当日、ウニの競りが終わってすぐに駆けつけてくれた佐藤さん。どうもありがとうございました。

濱田商店では、ウニ割体験も行っています。体験レポートはこちら▼

旅するかしこ羅臼編 〜『働いて遊ぶ』が叶う町・羅臼町に行ってみた!〜

―information―
知床羅臼 濱田商店(ウニ割体験)
住所 羅臼町礼文町365-1
電話番号 0153-87-3311
定休日 不定休
URL https://www.rausu.co.jp/

あとがき

この記事を書き上げたのは、流氷が去り、雪解けの進んだ3月の終わり。知床の海は豊かな恵みを育む栄養分で満ちていることでしょう。

羅臼昆布とウニ。羅臼の特産として多くの人を魅了するこれらは、知床の豊かな自然と生産者のたゆまぬ努力によって守り受け継がれているのです。スーパーや土産物店に売られている「商品」が、どのような工程を踏んで私たちの手元にやってくるのか。その歩みをわかっておくことの大切さを、今回改めて考えました。

現役の漁業者が行うヒレ刈ツアー、ウニ割ツアー。古くから受け継がれてきた産業に触れ、知床羅臼の自然や人々の営みに思いを馳せれば、また新たな発見があるかもしれません。

撮影:羅臼昆布ヒレ刈体験:﨑 一馬
濱田商店:クナウパブリッシング

編集者 | 他の記事

北海道の雑誌「northernstyleスロウ」の編集者・ライター。10年ほど前に神奈川県から野生動物と豊かな自然を追い求めて北海道へ。現在は道東を中心に、素敵な人やものとの出会いを求めて駆け回る日々を過ごす。好きなものは、焼き芋とあんかけ焼きそば、山の景色。道内の山を一緒に登ってくれる山仲間を募集中。

カメラマン | | 他の記事

1996年大阪府生まれ。学生時代に「クルマと風景」をテーマとした写真を撮り始めたことをきっかけに2021年よりカメラマンとして独立。北海道釧路市に拠点を置きながら道東エリアを中心に活動しています。商業写真、広告用写真等の撮影に加え、「スタジオのない写真室」と題した家族・記念写真のロケーション撮影も行っております。

編集チーム | | 他の記事

心があったまる人・店・景色に出会える北海道のウェブメディア。パン屋やカフェ、ギャラリーなど、とっておきの寄り道情報をおすそ分け。毎月1冊、ひとつのテーマを掘り下げる縦型マガジンを公開中。最新情報はInstagramから。

関連記事