コラム

私はどうして、「地元」に執着するのだろう? - かしこと花咲線 –

「故郷」「ふるさと」など、地元を形容する言葉はいろいろあるけれど、いまいち、ピンとこないことが多いと感じます。地元という存在は、それ以上でも以下でもないのに、なんとなく身体や記憶を含めた自分の存在意義と切っても切れないもののような、そんな気持ちになるのです。物理的にどれだけ離れていてもどこかで繋がれているみたいに。

「地元に帰りたい」。そんなことを言い出したのは大学卒業の1年ほど前からでした。「帰りたい」「帰らなきゃ」がぐちゃぐちゃに入り混じった気持ちの中で「卒業したら地元に帰る」と言い回った私。ですが、卒業間近になって本当に帰りたいのか、よくわからなくなっていました。 

大学に行くまで20年暮らしたまち・釧路。多くの人に出会い、20年のなかで街の変化も見てきました。だけど、知らないことや未だ経験していないことが、実はたくさんあったのかもしれない。

不意に、地元を列車で旅したことがなかったことに気付いた私は、花咲線に乗って、今までに行ったことはない根室に行ってみようと思い立ちました。

これは、そんな私のある2月の旅の記録です。   

※この記事は、道東のアンオフィシャルガイドブック「.doto」に掲載されている「かしこと花咲線」を再編集、掲載しているものです。 

途中下車した厚岸駅で

根室本線のうち釧路駅から根室駅までを結ぶ区間を花咲線といいます。今回私は、花咲線で途中下車しながら気ままに根室を目指していきます。

ホームで待っていた車両は、華やかにラッピングされていて、車体に書かれた「地球探索鉄道 花咲線」に根室旅への期待値が高まります。

出発して1時間。厚岸駅に近づいてきたので、まずはここで下車することに。

徒歩で厚岸漁協直営店の「エーウロコ」に向かいます。お目当ては厚岸産の牡蠣です。厚岸港のくにある「エーウロコ」に入ると、港町ならではの元気な雰囲気にテンションが上がります。早速、マルえもん・弁天かき・カキえもんを購入。

電子レンジで蒸し、殻をこじ開けて口に運ぶと、ほどよい磯の香りと濃厚な牡蠣の風味が押し寄せてきます。

美味しい蒸し牡蠣を堪能し、厚岸駅に戻る途中、「あら川菓子司」に立ち寄ることに。こちらの名物は「牡蠣最中」。実は私の大好物!シンプルながらずっしりと重量感のある牡蠣最中を忘れずに購入。
他にも、渋いビジュアルに惹かれた「厚岸かぐら」を手に取り、パンコーナーでは細長い「きりん」に目を奪われ、全部購入。 

駅の待合所で例の「きりん」を頬張っていると、列車が入線してきました。いよいよ根室に向けて再出発です。

初めて触れる根室の空気

厚岸駅を出て90分、花咲線の終点・根室駅に到着。初の根室に、駅看板の前で記念撮影をします。

駅前のバスターミナルからは市内外各所に向けた路線バスが出ていて、私は花咲港方面に向かうバスに乗り込みました。

「花咲港」のバス停で降りると、街中に登場するロシア語が目に入り、「根室に来たんだ」という気持ちが湧き上がってきます。バス停近くに「ホームランやき」と書かれた看板を見つけ、人づてに聞いた「花咲行くならホームラン焼き」という言葉を思い出したので入ることにしました。

厚岸を出てから何も食べていなかった私は反射的にラーメンを注文。デザートに、ホームラン焼きも。雑多に積まれた雑誌、レトロな民芸品、カーテンの色あせ加減にどこか懐かしさを感じました。

私がラーメンとホームラン焼きを待つ間に、ホームラン焼きを求めるお客さんが何組かいらっしゃっていて、地元の人に愛されていることを実感しました。
ラーメンの具はいたってシンプル。チャーシュー・メンマ・ネギ、それに海苔が1枚のっています。ちぢれた細麺をあっさりスープは、食べ慣れた釧路ラーメンとどこか似ている気がします。

少し焦げたカリカリの羽根つきホームラン焼きも、あつあつのうちに頬張ります。丸いフォルムに浮かび上がる「ホームラン」を見ているとなんだか嬉しくなるのは私だけでしょうか。もちもちの生地とつぶあんの組み合わせが美味しいです。

漁師さんや港関係のお客さんが多く、手軽にさっと食べられるラーメンやホームラン焼きが喜ばれるのも肯けます。

車石海岸にて

続いて、「車石海岸」を目指すことに。国指定天然記念物に指定された車石があるらしいのです。「花咲港金比羅神社」を抜けるルートで向かいます。

境内まで長い長い階段を、凍った雪に気をつけながら登っていきます。登りきって振り返ると花咲港が一望できました。本殿を抜けてさらに進むと、視界に占める海の割合がどんどん拡がり、いつの間にか目に映るものほとんど全てが海になっていました。

赤くて小さな花咲灯台を横目に遊歩道を抜け、でこぼこ道を進むと車石海岸に到着。力強い潮騒に包まれると、私はなぜか寒気のような感覚を覚えました。

車石海岸は、車石と呼ばれる車輪のような岩で構成された海岸で、6000万年前のマグマ活動により形成されたそうです。この地に名前がなかった頃からここに留まる車石の存在感に、圧倒されます。何千年、何万年とそこにあり続ける自然の偉大さに、ただその景色を見つめることしかできませんでした。

西の空に夕日が沈み始め、水面に反射したオレンジ色がとても美しく、あたたかい気持ちになります。

根室の街にも灯りが灯り始めました。今夜はある女性との約束があるので、夜の街に繰り出すことに。

「根室には二度と戻ってこないと思っていた」

ある女性とは、根室市出身の井口舞子さん。高校生以来根室を離れていましたが、その後Uターンした方です。

しかし、私はかつて舞子さんが「根室には二度と戻らない」と言い放ったという話を人づてに聞いていました。そんな一言を放った人に話を聞きたいと思い、この日のアポイントを取ることにしたのです。

舞子さんと落ち合い向かったのは根室に新しくできた居酒屋「根室ベース」。雰囲気のあるカウンター席でお話を伺いました。

「自分は、学校では少し浮いた存在だったんです」と舞子さんは話しはじめました。
彼女は、中学時代に塾に通い始めたことをきっかけに勉強が楽しくなり、中高通してがむしゃらに勉強したそうです。ただ、当時の根室には塾に通うことに特別感を連想する雰囲気があったようで、そんな空気の中、彼女は東京の大学に進学。当時はとにかく根室を離れたかったのだと言います。

 その後、東京から北関東のとある街に越したそうですが、その土地が自分に合わないことに気付いた舞子さん。まさか根室に戻ることはないと考えていた彼女ですが、知人から何気なく言われた「舞子さんには、根室に貢献したい気持ちがあるんじゃないかって思ってたよ」という言葉が、舞子さんをハッとさせたそう。「泣く泣く根室に帰るより、夢や希望を持って帰りたいと思うようになったんです」と教えてくれました。

「私は、いくら反抗して大喧嘩になったとしても、戻ってこられる場所が故郷なんじゃないかなと思っています。」と、舞子さんは優しい表情で話してくれました。

舞子さんと根室との関係を聞きながら、私と釧路は、これからどんな関係になっていくのだろうと思いを馳せました。

 

根室のレトロを訪ねる

根室散策2日目。今日は朝から、根室のまちを歩こうと思います。

まず足を運んだのは、根室市民が愛するおやつ屋さんと聞いた「あま太郎」。お店の名前が可愛らしい!

定番メニュー「あま太郎」(いわゆる大判焼き)の他、肉まんなどのまんじゅうメニューも売られています。
開店直後だったのであま太郎が出来上がっていく様子を見ることができました。これはずっと見ていられるくらい楽しい……!

私が注文したのは、あま太郎のハムマヨネーズ味。大きめにカットされたハムにこってりしたマヨネーズが絡みつき、塩気もちょうどいい!朝ごはん代わりにぴったりです。

お持ち帰りするお客さんも多いようで、きのうのホームラン焼きといい根室には手軽につまめるおやつ文化が根付いているみたいです。

続いて向かったのは、レトロな看板が目印の「喫茶ニューモンブラン」。根室名物エスカロップで有名な老舗中の老舗です。

看板メニューのエスカロップも魅力的でしたが、私が注文したのはクリームソーダ
私の心を鷲掴みにした完璧な白・赤・緑のグラデーションに、思わず「これこれ!」と心の声が漏れてしまいます。

さて、楽しかった根室散策もそろそろおしまい。クリームソーダの余韻に後ろ髪を引かれながら、お店を後にしました。

旅の終わりに

帰りの花咲線に揺られ、釧路に着く頃にはすっかり夕暮れ時に。
街灯のオレンジがにじむ北大通を抜けて、幣舞橋を渡ります。

どうして私は地元に執着するのだろう。そんなことを考えながら2日間歩き回った、根室での冬の旅。
釧路で暮らすことに安心を覚える私と不安な私、故郷が愛しい私と憎い私、私は今グラグラと不安定です。

ふと気づくと舞子さんからメッセージが届いていたので、昨晩の会話を振り返りつつ開くと、こんな一文が。

「今は私、根室が好きです。でもまた、来月には違うどこかに行ってみたいな、なんて思っているかもしれませんが」

舞子さんからのメッセージを読み、私という存在と向き合ったこの旅の終わりに揺らいでいる自分をやっと受け入れられた気がしました。今は、これでいい、揺らいだままでいいんじゃないか。
いつか、嘘偽りのない気持ちでこの釧路を、そして釧路に向き合う自分を認められる日までもがいてみようと思います。

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「かしこと花咲線」が掲載されている道東のアンオフィシャルガイドブック「.doto」は、こちらからお買い求めいただけます。

ライター | 他の記事

釧路出身釧路在住。市民団体「クスろ」、一般社団法人ドット道東所属。釧路工業高等専門学校を卒業し、公立はこだて未来大学へ進学、卒業。2020年春に釧路に戻り、ライターとして活動中。

片野 孝亮
編集者

釧路出身関東在住。市民団体「クスろ」の尻拭い担当。コーヒー、ランニングが趣味で、帰省するたび釧路の冷涼な気候でのランニングの素晴らしさを実感している。

荒水 悠太
編集者

神奈川出身、札幌育ち。広告会社に所属し、2018年より釧路在住。転勤を機に、道東・ローカルの魅力に気付かされたコピーライター 、プランナー。

佐藤 翔吾
デザイナー

小樽出身釧路在住のデザイナー。広告会社所属。ローカルの熱のあるカルチャーを後押しすべく、デザイン×ソトもの視点で全力サポート中。

名塚 ちひろ
カメラマン

釧路出身釧路在住。市民団体「クスろ」所属。デザイナーやカメラマンとして活動する傍ら、阿寒町にてゲストハウスコケコッコーを開業。

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北海道の東、道東地域を拠点に活動する一般社団法人ドット道東の編集部。道東各地域の高い解像度と情報をベースに企画・コンテンツ制作をおこなう。自社出版プロジェクト・道東のアンオフィシャルガイドブック「.doto」などがある。

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